2007年09月26日
2007年09月05日
福岡県
つい最近福岡の博多に行ってきました。ものすごく活気がありとても楽しかったです。今日はそんな福岡県について解説したいと思います。
福岡県(ふくおかけん)は日本の都道府県の一つ。九州地方の北部に位置し、本州最西端の下関市(山口県)と関門海峡を挟んで接する。兵庫県に次ぎ全国47都道府県中9番目に人口の多い県で、福岡市、北九州市という2つの政令指定都市がある。いわゆる三大都市圏以外では唯一人口密度が1,000 人/km? を超えているなど、比較的繁華な県となっている。
九州本島の北部に位置し、九州地方で最も人口が多い県である。北部は日本海(響灘・玄海灘)、東部は瀬戸内海(周防灘)、筑後地方は有明海に面している。県の中心部を筑紫山地が連なっており、筑後川・矢部川・遠賀川流域、宗像地域、京築地域では平野が広がっており水田地帯が多い。
■気候
福岡地方、北九州地方の日本海沿岸部・関門海峡沿岸部(福岡市・北九州市・宗像市・前原市など)
この地域は九州の中でも日本海側気候の影響が最も強い。冬期は北西の季節風が吹きつけるため肌寒く、曇天の日が多く日照時間が少ない。強風・風雪・波浪注意報も発令される事も多く、強い冬型の時には暴風雪・波浪警報が発令される場合もある。また、年に数日程度は積雪する日もある。梅雨明け後は最高気温が30℃以上の真夏日が多いが、35℃以上の猛暑になる事は少ない(福岡市の平年値(1997年?2006年の10年平均)は、夏日140.1日、真夏日60.7日、猛暑日4.3日。冬日3.2日、真冬日0.0日)。関門海峡周辺では霧が発生しやすく、日本海側気候と瀬戸内海式気候との境界に当たるため、二面性を持つ気候である。
北九州地方の瀬戸内海(周防灘)沿岸部(行橋市・豊前市など)
この地域は瀬戸内海式気候に属する。年間を通して比較的温暖で、降水量は少なく晴天が多い。冬は日本海側気候の影響で、年に数回程度の積雪はあるが、季節風の影響は日本海側より小さいので、強風や波浪などの注意報が発令されることは少ない。
筑豊地方、筑後地方の内陸部(久留米市・飯塚市・直方市・田川市・嘉麻市・朝倉市など)
この地域では内陸地形であるため、寒暖の変動が激しい。夏は猛暑になりやすく、最高気温が35℃を越える日もある(飯塚市の平年値は、夏日143.5日、真夏日65.4日、猛暑日3.6日)。冬は最低気温が氷点下まで下がることもあり、県内ではこの地域が最も積雪しやすい(冬日28.5日、真冬日0.1日)。特に標高1,000m級の山が連なる筑紫山地の英彦山周辺では100cm以上積雪する事もある。
筑後地方の有明海沿岸部(大牟田市・柳川市・大川市など)
有明海は内海のため、瀬戸内海式気候に近い。年間を通して温暖で、降水量も多くない。冬期は最低気温が氷点下まで下がることもあるが、降雪することはあっても積雪することはほとんどない。
■福岡の歴史
福岡は、黒田氏発祥の地備前福岡に因むと謂われている。
■古代
福岡県は中国や朝鮮半島に近いという地理的条件の影響を受け、古代から多くの歴史に富んでいる。
弥生時代、稲作が日本で最初に伝来した地といわれている(ただし異説あり)。「魏志倭人伝」によれば現在の福岡市西区・前原市・糸島郡のあたりに伊都国が存在し、現在の福岡市博多区のあたりに奴国が存在したと伝えられている。奴国については、江戸時代に志賀島の農民により金印が発見され、実在が確認されている。また同書に書かれている中国の皇帝から「親魏倭王」の金印を授かった女王卑弥呼が統治した邪馬台国も福岡県に存在したとする説が唱えられているが、これについては近畿地方にあったとする説と真っ向から対立しており、いわゆる「邪馬台国論争」となっており現在も解明されていない(両説に含まれない他地域にあったとする研究者も少なからずいる)。
天智朝の初め頃(660年代の初め)に、白村江の戦い(はくすきのえのたたかい)に敗れ、唐や新羅の連合軍が来襲するかも知れないとして九州の防備を固めるためや管轄のために大宰府が置かれた。大伴旅人や山上憶良、菅原道真が有名である。
日本の文献に記述される時代になると、筑紫国と豊国があったようである。7世紀末に筑紫国は筑前国と筑後国に、豊国は豊前国と豊後国に分割された。現在の福岡県の県域は律令制における筑前国・筑後国の全域と、豊前国の一部である。
869年 新羅海賊が博多湾に侵入
1161年 平清盛が博多に日本初の人工港湾を建設し、日宋貿易を行う。
■中世
1274年 元軍の襲来を受ける(文永の役)。いわゆる元寇。
1281年 再び元軍の襲来を受ける(弘安の役)。
1587年 豊臣秀吉により博多の太閤町割が行われる。
■近・現代
1871年 廃藩置県前日現在、現・福岡県域を統治していた藩は以下の各藩
福岡藩(支藩として秋月藩)・豊津藩(旧小倉藩、支藩として千束藩)・大分県の中津藩・久留米藩・柳河藩・三池藩
7月14日、廃藩置県により、現在の県域にあたる以下の各県が発足。
筑前国:福岡県・秋月県
豊前国:小倉県・千束県・中津県
筑後国:久留米県・柳河県・三池県
11月14日、同一令制国の県同士を統合し、筑前国域が福岡県・豊前国域が小倉県・筑後国域が三潴県となる。
1876年:
4月18日、小倉県を福岡県に編入。佐賀県を三潴県へ編入。
8月21日、旧小倉県域のうち、旧中津藩領域であった下毛郡(現・中津市)および宇佐郡(現・宇佐市)が大分県域に編入される。三潴県を福岡県へ編入し、同時に三潴県域のうち旧佐賀県域は長崎県へ編入。これにより、県境がほぼ確定。
1889年:
4月1日、市町村制施行に伴い福岡市と久留米市が市制施行。
12月11日、九州初の営業用鉄道路線として博多?千歳川(仮停車場)間開業。現在の鹿児島本線の一部。
1901年:日本初の近代的製鉄所である官営八幡製鉄所が遠賀郡八幡村(現在の北九州市八幡東区)に完成。
1942年:世界初の海底トンネルである関門鉄道トンネルが開通。当時の大里(だいり)駅と下関駅が結ばれ、同時に大里駅は門司駅、それまでの門司駅は門司港駅とそれぞれ改称された。
1945年:太平洋戦争の戦局悪化により、現在の北九州市内にあたる各市や福岡市・久留米市・大牟田市などが空襲を受ける。敗戦後、板付飛行場(現在の福岡空港)などが米軍により接収され、県内各地に米軍キャンプが設営される。
1958年:山口県下関市と門司市(現在の北九州市門司区)の間に関門国道トンネル開通。船を使わずに自動車で本州と往来することが可能となる。
1962年:戸畑市(現在の北九州市戸畑区)と若松市(同若松区)との間に、若戸大橋開通。当時東洋一の吊橋だった。
1963年:
1月、38豪雪で福岡市、飯塚市など県内各地で記録的大雪。
2月10日、北九州地区5市が合併し北九州市が発足。4月1日に九州初の政令指定都市となる。
11月9日、三井三池炭鉱三川鉱(大牟田市)で炭じん爆発事故、死者458名。戦後の炭鉱事故としては死者数最大。
1965年:6月1日、山野鉱業山野炭鉱(稲築町(現嘉麻市))でガス爆発事故、死者237名。戦後の炭鉱事故としては上記の三川鉱事故に続き死者数が2番目。
1968年:カネミ油症事件発生、県内を中心に全国的に被害発生。
1970年:羽田発福岡行きの日本航空機がハイジャックされる。いわゆるよど号事件。
1972年:福岡市が政令指定都市となる。1県に政令指定都市が2つ設置されたのは同日に政令指定都市となった川崎市を有する神奈川県と共に初めて。
1973年:関門橋開通。九州自動車道の県内通過部分として初めて鳥栖?南関間が開通。
1975年:3月10日、山陽新幹線岡山?博多間が開業。新関門トンネル開通。
1976年:筑豊最後の炭鉱、貝島炭砿(宮田町(現宮若市))が閉山し、筑豊から炭鉱がなくなる。
1978年:大渇水により県内の多くの自治体が長期間に亘り給水制限となる。
1987年:大分自動車道の最初の完成区間である鳥栖?朝倉間が部分開通。
1988年:九州自動車道の福岡県内路線が完成。
1989年:福岡市早良区百道浜埋立地を会場にアジア太平洋博覧会(通称よかトピア)開催。福岡タワーが建設される。
1990年:大分自動車道の福岡県内路線が完成。
1991年:台風19号の上陸で被害を受ける。
1993年:福岡市中央区地行浜に福岡ドーム完成。
1995年:福岡市及び周辺都市を会場にユニバーシアード福岡大会開催。
1996年:ガルーダ・インドネシア航空機が福岡空港で離陸に失敗、炎上。死者3名を出す。
1997年:三井三池炭鉱(大牟田市)の閉山により福岡県から炭鉱が消える。
2004年:
1月下旬:福岡県内で大雪。
8月31日・9月8日、台風16、18号の被害を受ける。
2005年:
3月20日、福岡県西方沖地震発生。福岡市を中心に被害を受けた。死者1名、重傷者76名。
10月15日、太宰府市石坂に九州国立博物館が開館。国内4か所目の国立博物館。
2006年:北九州空港が北九州市・京都郡苅田町の周防灘沖に移転。
歴史で福岡といったら元寇で有名ですよね。かの強大国家フビライ・ハン率いる元軍に勝った事はとても意義のある事だと私は感じております。
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